拝啓

菊花の候、皆様にはますますお健やかにお過ごしのことと存じます。

さて、先の大戦におけるガダルカナル島の戦いが終結して七十五年の節目となる今年、一般社団法人菊月保存会の働きによって、菊月の第四主砲砲身がソロモン諸島から日本への帰国を果たしました。 この報せはインターネットやテレビ、新聞を通じて多くの人々に伝わり、緊迫する東アジア情勢に巻き込まれつつある日本の戦争観、その変化の嚆矢を放ちました。 核をはじめとする、見えざる脅威に立ち向かわざるを得ないこの国において、己を護るのは己であり、而して先の大戦に敗れたことで得た不戦の誓いは曲がらぬものであります。 このことを新たにし、生まれながらにして、己が国を守るため、殺しあうことを運命づけられ、未曾有の国難に次々と散華していった悲しくも勇ましき艦霊を偲ぶ祈りは、万物に神の宿る、この海洋国家たる日本だからこそできるものであると考えております。

最近、米マイクロソフト社の共同創業者であるPaul Allen氏が、USS Indianapolisを発見したとのニュースがありました。 北マリアナ諸島テニアン島へ原子爆弾を運び、潜水艦「伊58」の雷撃によって沈没した艦です。 伊58についても、東京大学の浦環名誉教授によって、奇しくもIndianapolisと同時期に特定されました。 自分たちの国のために戦った艦の現在を、自分たちの手で明らかにし、忘れないよう語り継ぐことは、こんにちの平和の礎として祖国に殉じたすべての英霊に対する弔いではないかと思うところであります。

また、戦後七十余年の歳月が流れ、当時を知る方も少なくなって参りました。 我々は、五人全員が戦後生まれで、先の大戦について直接知っていることはありませんし、言えることもあまりないかもしれません。 それでも、全ての存在において忘却とは第二の死です。 絶やしてはならぬ「いのち」を、我々は次の世代に託さねばなりません。 戦没あるいは物故された菊月乗員各位の安らかなる眠りを祈りつつ、香花を手向けていくことは、今を生きる我々の当然の務めではないかと思うところです。

ところで、「もはや『戦後』ではない」という言葉があります。 この言葉そのものは、ある種の比喩であるわけですが、中には額面通りに受け取り、「戦争の清算は終わったのだから、戦友会は前時代的だ」と仰る方もおられます。 しかし当然のことではありますが、「戦後」という言葉は、書いて字の如く、「いくさのあと」を意味し、時系列上は永遠に続くのです。 むしろ、二度と繰り返さないという誓いのもと、いつまでも「いくさのあと」であり続けなくてはなりません。 そういった意味で、「戦後」とは終わりないものでありますが、こんにちそれは忘却という手段によって強制的に中断されようとしています。 そのような社会の潮流に棹差し、私は、我々の会が最後の会となり、会員が最後の一人となるまで、この国の「戦後」の行く末を見届けたいと考えております。 そして、私たちを繋いだ運命の艦、菊月の軌跡を辿るため、会として発足し、我々の名を、戦友会の先達に倣い「駆逐艦菊月会」とすることをここに宣言いたします。

それでは、いよいよ寒さが深まる季節ですが、何卒ご自愛専一にお過ごし下さいませ。

敬具

平成二十九年十月十七日

堀江仁貴